2017年受験生とご父母の声
=難関高校合格体験記=

悠学舎

 
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「川越女子受験で
娘の成長を実感できました」
埼玉県立川越女子合格 Aさんのお母様

中学3年の秋、悠学舎の先生から川越女子を勧められ、不安もありましたが「受けてみたい!」という気持ちになりました。それからは熱心に勉強に取り組むようになりましたが、入試当日は力を出し切れなかった教科があり、悔し涙を流していましたが、「挑戦できてよかった。やるべきことはやったから、合格できなくても後悔はしていない」と言う娘に大きな成長を感じました。合格発表で自分の受験番号を見つけた時は声を上げて、涙を流して喜びました。

*お母様には志望校決定の経緯や子供の受験に際しての親の大変さを詳しく書いていただきました。

全文はこちらをクリックして是非お読みください。

小規模ならではのきめ細かな指導。
冬休みは昼食以外を塾で過ごす。

中学校に入学する時、娘から「中学校は勉強が難しくなるから、塾に入りたい。」と言われ、家から近い悠学舎に入塾しました。1年と2年時は、塾に通うことによって繰り返し復習ができ、苦手な英語にも取り組むことができました。集団塾ですが大人数ではなく、娘にあった進度で学習することができました。学校の定期テスト前には自主学習勉強会があり、不安なところを見直したり、確認することができ、効率的にテスト勉強ができていました。また、年に数回行われる保護者面談では、成績のことだけでなく部活動や行事など学校生活や家庭での様子を気にかけていただき、先生方が娘をよく理解してくださる信頼できる存在となりました。入塾当初は悠学舎が比較的小規模のため、少々不安に思っていましたが、小規模ならではのきめ細やかなご指導に不安はなくなり、最後まで悠学舎に通うことにしました。冬休みは昼食以外のほとんどの時間を塾で過ごすようになりました。

不安を乗り越えて
「川越女子に行きたい!志望校に決めた!」

3年になる頃、志望校は県立高校と決め、理科と社会にも力を入れ始めました。3年間、バスケットボール部や生徒会の活動で忙しい毎日を過ごしていましたが、塾に行くことで気分が変わり、学習に打ち込むことができました。夏頃には、悠学舎の先輩が通っている高校を志望校に決めていましたが、秋の面談で先生から「川越女子高等学校の受験を考えてみませんか?是非様々な学校を見てください」とアドバイスをいただきました。しかし、娘は「私には川越女子は無理に決まっている」と志望校を変えようとはしませんでした。そこで川越女子の学校説明会に参加することにしました。高校の先生方のお話をうかがい、熱心な授業やいきいきと活動している生徒さん達の姿を見ることができ、「今まで見た学校で一番よかった!受けてみたい!だけど学力が足りないから無理かな」という気持ちになりました。受けたい気持ちより不安の方が大きく決めかねていましたが、先生方がたくさんのアドバイスをくださり、「川越女子に行きたい!志望校に決めた。」と挑戦することになりました。それから週テストや北辰テスト対策の他に全国の過去問を熱心に取り組むようになりました。冬休みは昼食以外のほとんどの時間を塾で過ごしました。年末には「大晦日入試過去問大会」があり、制服を着て本番の雰囲気で気持ちの持ち方や時間配分等を考える機会となりました。

やるべきことはやった。
合格できなくても後悔はしていない。

入試まであと1ヶ月の頃、娘の口癖は「落ちちゃう。落ちたらどうしよう。」というものでした。勉強が手につかず口癖を言って泣き続ける日もありました。過去問で思うように点が取れず、「やはり川越女子は無理なのではないか。」と悩みました。親の私も同じ気持ちになり、最も辛い時期でした。そんな時、支えとなったのも先生方でした。ご自身の体験談を話してくださったり、娘の不安な気持ちを親身に聞いてくださいました。また、悠学舎に通う同じ学年の皆さんの励ましで「自分は1人ではない。皆、自分の目標に向けて努力し続けている。最後まで諦めずに勉強しよう。」と思えたようです。本当によく頑張っていました。入試当日は力を出し切れなかった教科があり、悔し涙を流していました。しかし、「合格できないかもしれないけど、川越女子に挑戦できてよかった。自分がやるべきことはやったから、後悔はしていない。」と言う娘に大きな成長を感じました。先生方や仲間の支えがあったからこそ、弱い自分と向き合い、挑戦できたのだと思います。

川越女子合格!
人生で一番うれしかった一瞬。

合格発表で自分の受験番号を見つけた時は声を上げて、涙を流して喜びました。きっと今までで一番嬉しかった一瞬だったのだと思います。
泣き虫の娘を最後まで諦めずに励まし、信じて、熱心なご指導で背中を押して下さった悠学舎の先生方に心より感謝申し上げます。悠学舎が家の近くにあって本当によかったです。この出会いによって、この春、娘は最高の笑顔と満開の桜を咲かせることができました。親子共共3年間大変お世話になりました。ありがとうございました。

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「隠れた才能を伸ばしてくれた」
埼玉県立川越女子高校合格 Bさんのお父様

入塾テストでは数学が時間内に解き切れなかったのですが、時間を切らずに本人が納得できるまで待ってくれ、にもかかわらず数学のセンスがあるから伸ばしていきたいと褒めてくださった点が意外でした。親が気づかなかった理数系の可能性を認めていただき高校選びはそれまで考えていなかった理数科やSSH設置校などに視野を広げることができました。高校選びは大学や将来の仕事につながることを考えると、とてもありがたいご指導でした。

*お父様には、Bさんの入試勉強の仕方や、それを通じての成長の様子なども書いていただきました。

全文はこちらをクリックして是非お読みください。

中3の夏に、
入試モードに切り替える塾を探しました。

娘が悠学舎に通い始めたのは、中学3年の夏期講習からでした。吹奏楽部に所属しており、部活動との両立をはかるため、それまでは通信教育の教材を使いながら学校の定期試験対策をしていました。この時期、受験校を決定するための情報や合格するために求められる学力水準が実際にどれほどのものか分からず、また、自力で勉強し続けることに限界を感じていました。夏には部活動に区切りがつくこともあり、ちょっと遅かったかなと思いながらも、本格的に入試モードに切り替えるために塾探しをしました。

入塾説明会で
入試までの課題と対策が明確になりました。

新聞広告で見た塾に娘が通いたいと言い、ちょっと話を聞いてみようかと入塾説明会を予約しました。3年生を担当している先生が高校受験についての説明を丁寧にしてくださり、3月の受験までどのような課題があり、それについて具体的な対策が明確になったことを憶えています。学校の定期試験で点数を取る力だけでは入試問題は通用しないことを改めて思い知りました。埼玉県の高校もよく分からず、受験先も明確になっていない状態でしたが、先生より文化祭や学校説明会に出ると校風を理解できるとアドバイスをいただき、その後3校に足を運びました。

入塾テストで数学が解けなくても、
センスがあるから伸ばしていきたいと助言。

3年生の段階で娘が苦手意識をもっていたのは英語と数学でした。入塾テストでは数学が時間内に解き切れなかったのですが、時間を切らずに本人が納得できるまで待ってくれました。にもかかわらず、担任の先生が数学のセンスがあるから伸ばしていきたいと褒めてくださった点が、親としては意外な気持ちがしました。親が気づかなかった理数系の可能性を認めていただき、高校選びではそれまで考えていなかった理数科やSSH設置校などに視野を広げることができました。高校選びは大学や将来の仕事につながることを考えると、とてもありがたいご指導でした。
クラスについては本人の伸びしろを評価していただき、SSαでチャレンジすることにしました。また、理科社会の試験時間が長くなるため、理科社会も選択することにしました。先生は申込用紙を渡す時に「覚悟を決めて来てください」と本人に伝えておりましたが、今振り返ってみると、遅い時期からの受験勉強スタートだったため、一日でも早く本気の勉強を開始する必要があったからだと理解しています。

夏休みは部活のために夕方から通いましたが、
補習をしてもらい踏ん張れました。

その後、部活動が地区予選を通過して県大会に出場が決まりました。そのため午前から始まる夏期講習でしたが夕刻からの参加になりました。出られなかった授業について、通常授業終了後に補習で先生方に熱心にフォローしていただきました。帰宅するとぐったりしてしまい、心身ともにたいへんくたびれる時期でしたが、ここで踏ん張れたことでその後の本人の自信につながったと思います。

塾が楽しいらしく、最初から最後まで
「ここにしてよかった」と言っていました。

娘は塾に行くのが「楽しい」と言っておりました。先生方の親身な指導はもちろんですが、授業の合間の話が面白いとよく話していました。また、クラスの仲間たちの頑張りから大いに刺激を受けたようで、毎日机に向かって勉強を熱心に取り組むように変化しました。娘は最初から最後まで「ここにしてよかった」と言っていました。
英語は英検対策授業を行うので、その中で単語を覚えることや読解や英作文の実戦力をつけていくことができました。3級、準2級の併願をして見事合格し、達成感を得ることができました。また、論文対策では評価が常にとてもシビアで細かい指摘でしたが、明解で分かりやすく、回数を重ねるなかで高い評価をもらえると本人が喜んでいました。

マイペースの娘の性格を理解して
指導してもらえました。

娘はマイペースでこだわりが強いため、時間がかるタイプだとすぐに理解していただきました。その上で、悠学舎では個性を型にはめるのではなく、つよみや可能性を伸ばして弱点をフォローしていただき、ありがたかったです。
平日は学校の宿題と塾の授業や宿題に取り組むため最初はたいへんそうでしたが、塾が休みの日にはゆっくりできる時間もあり、時間のやりくりが上手になったようにみえます。試験直前では試験日までのカウントダウン(あと○日)や目標偏差値を掲示してモチベーションを高めたり、暗記科目は紙にまとめて部屋中の壁に張ったりしていました。目標にむかってひたむきに取り組む姿をみて、これほどとはと思わず成長ぶりに感動しました。

遅い時期からのスタートでも、
間に合ってよかったとほっとしています。

思い返すと、本当に遅い時期からの塾通いスタートでしたが、なんとか間に合ってよかったとほっとしています。娘のタイプに合った塾にご縁があったことはとても幸運でした。もちろん、もっとはやく始めていれば、苦労は少なかったはずです。本人の可能性を信じ、全力で受験に取り組めるよう、親身にご指導くださいました先生方に感謝します。ありがとうございました。

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「勉強をする環境を作ってくれた塾」
埼玉県立浦和第一女子高校合格 Cさん

中3の夏は、実力を高めようと朝から夕方まで悠学舎で授業を受け、家でご夕飯を食べてから、再度塾に行き自習スペースで宿題をしていました。自由な時間があるとテレビをずっと見てしまう私には、この方法が最良でした。冬のスランプを先生のアドバイスで切り抜け、3月2日の受験当日を迎えました。学校選択問題の数学が驚くほど難しかったのですが、英語は高得点がとれました。合格発表で自分の受験番号を見つけたときは、本当に嬉しかったです。

*Cさんの志望校選びや合格にむけての勉強方法の詳細は…

全文はこちらをクリックして是非お読みください。

友達に会いに行くのではなく、
実力をつけるための塾でした。

悠学舎に入ったのは中学1年生の冬でした。その当時、私は陸上部で練習に明け暮れていて、勉強といえばテスト前にやるテスト勉強が中心でした。それを心配して母が勧めてくれたのが悠学舎でした。母が選んだ理由は、超大手の塾と違い、グループ授業でありながらマンツーマンのような1人1人に寄り添った指導であるから、また友達に会いに行く、話しに行く塾ではなく、本当に実力をつける、勉強するための塾だからでした。
悠学舎では、英検対策やテスト前勉強会など、学力を高めるきっかけになるイベントが多く、さらに、先生の的確な指導によって安心して勉強することができました。先生達は、大学受験の指導もしているので、中学校の先生では指導が難しい、様々な高度な内容も教えてもらいました。

家族や親戚に驚かれても
浦和一女を志望校にしました。

志望校を浦和一女に決めたのは中学3年生になってからでした。選ぶときの基準は、部活にしっかり取り組めること、そして自分が成長できる学習環境があることでした。家族や親戚からは、決断に驚かれ、無理な挑戦ではないかと心配ばかりされました。ただ、中学校のテスト成績が良かったため、私はなんとかなるだろうと考えていました。しかし、範囲が限られている学校の定期テストと範囲のない北辰テストの違いは大きく、実力のなさを痛感しました。

夏休みは夕食に家に戻るだけで、
朝から夜までずっと塾で勉強していました。

中3の夏は、実力を高めようとほとんど塾に行っていました。講習会では、朝から晩まで授業を受け、一度家でご飯を食べてから、再度塾に行き今度は自習スペースで宿題をしていました。自由な時間があるとテレビをずっと見てしまう癖がある私には、この方法が最良でした。理社を一から覚え直し、1年生から悠学舎で積み上げてきた3教科にも磨きをかけることができ、秋の北辰テストでは、偏差値が5教科で10近く上がり、70を超えることができました。ところが、冬が始まろうとする頃から、やれどもやれどもなかなか思ったように成績は伸ばせず、焦りを感じる時期が長く続きました。

思いつきではなく計画的に勉強することをアドバイスされ、
スランプを克服。

そんなとき、先生から予定を立てて勉強するように言われました。それは、一日に何をするか、できる範囲の予定を立て、それを確実にこなすというものでした。悠学舎で配られる「出席ノート」と呼ばれているノートに毎日やることを書き込み、終われば鉛筆で消していくという方法でした。それまでの私の勉強は、そのとき思いついたものをやるという、ムラのあるやり方でした。他にも、英検、私立過去問、県立過去問など今何をするべきか、そして、それは何のためにやるのかをしっかりと説明してもらうことで、私の中にあった不安は解消され、受験本番直前まで落ち着いて勉強していくことが出来ました。

数学は難問でしたが、
英語で高得点を獲得して合格できました。

3月2日受験当日。今年から始まった「高校選択問題」の数学が驚くほど難しく、そのときは頭が真っ白になってしまいました。それ以降は、残りの教科を必死に解きました。ただ、最後の教科であった英語では、ほぼ塾の先生の予想と重なり、高得点で終えることができました。当日の夜、悠学舎で自己採点をし、過去問と比べると50点近く下がっていることがわかりました。「やばい、完全に落ちた。」しかし、落ちたと思う反面、「問題が難しかったから他の受験生もとれてないかも」という淡い期待も沸き、合否発表までの一週間はずっともやもやしていました。合格発表当日の朝にやっと「結果はどうあれ、自分で決めたことをやりきったのだからどんな結果でも受け入れよう。」という覚悟を決めました。合格発表で自分の受験番号を見つけたときは、本当に嬉しかったです。隣で母もとても喜んでいました。

悠学舎は自分に合った指導をしてくれ、
環境を作ってくれました。

悠学舎は、より良い勉強の仕方や、今の自分に何が足りてないのかなど、自分に合った指導をしてくれ、また自ら勉強する、その環境を作ってくれました。勉強は、人に言われてやるより、自分から進んでやる方が、はるかに自分の力になると思います。だから、その環境を作ってくれることは、私にとってとても重要なことでした。私は、そんな環境を整え、自分を成長させてくれた悠学舎に感謝しています。
悠学舎は私を合格へ導いてくれた塾です。

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「悠学舎との出会い」
東京都立戸山高校合格 D君のお母様

塾通いに乗り気ではない息子でしたが、中2の冬の体験授業後、開口一番に「楽しかった。続けて通いたい」と言い出し、驚きました。塾の授業は大変魅力的で、野球と学校生活との両立ができました。都立戸山高校を第一志望にするには不安もありましたが、塾の先生が背中を押してくださり、胸のつかえがとれたかのように受験勉強に向かっていました。合格した現在も気を緩めず、学習する習慣が身についています。中2のあの時の出会いが、悠学舎でよかった。

*D君の受験の詳細についてのお母様の詳しい文と、D君の悠学舎についての感想も合わせてお読みください。

全文はこちらをクリックして是非お読みください。

体験授業で、
いやがっていた塾通いが一変しました。

息子が悠学舎に入塾したのは、中2の冬期講習からでした。それまで学習塾に通った経験がなく、中3になったら受験のために塾を探せばいい。と考えていました。
その頃、小2から始めた少年野球では中心的な学年になり、練習や試合で毎日忙しく過ごしていました。土日はもちろん平日練習もこなし、体力的にも時間的にも余裕がなかったように思います。
そんな時、折り込みチラシで冬期講習の存在を知り、今後の参考に一度体験してみることにしました。二つ上の姉は個別指導の塾に通っていたので、集団塾は親の私にとっても全く初めての体験です。はじめは乗り気ではない息子でしたが、同じ中学のお友達が入塾していることを知って、少し前向きになりました。体験後、開口一番に「楽しかった。続けて通いたい。」という話を息子から聞き、その気持ちの変わりように大変驚きました。いくつか塾を体験し、中3になったらどこかの塾に入塾する、という当初の計画はなくなり、そのまま悠学舎でお世話になることを決めたのです。

丁寧な面談で落とし穴に気付かせてくれました。

急な入塾にもかかわらず、担任の先生には丁寧に面談をしていただきました。それまで一番得意だと思っていた英語が、少し勉強が足りないと聞き、かなり衝撃的だったのを覚えています。本人も親もわからなかった落とし穴を見つけていただいたような、そんな気持ちでした。入塾後はクラスの進度になるべく早く追いつくよう、プリントや個別の補習で補っていただきました。塾と野球と学校の生活、すべてが楽しく充実していて、どれも全力でこなしたい。そんな本人の強い気持ちと、まじめな性格、そして悠学舎の先生方の細かなご指導のおかげで、定期テストの結果は安定してよい点が取れるようになりました。どんなに疲れていても時間がなくても、手を抜くことはありませんでした。息子にとって悠学舎の授業は大変魅力的で、勉強に夢中になっているように感じました。所属していた野球チームの卒団は中3の11月でしたので、本格的な受験勉強という意味ではかなり遅いスタートになっていました。また息子は、学校見学や説明会に行く時間も少なく、先生方にはご心配をおかけしました。そんな息子の学習をフォローしてくださり、ありがとうございました。

都立戸山高校を第一志望にするには、
先生が肩を押してくれました。

第一志望の都立戸山高校は、独特な学習カリキュラムがあり、学校行事や部活動も盛んです。自由な校風や通学の便利さも魅力的でした。文化祭を訪問した時、生徒の熱気に強い憧れを抱きました。しかし、息子の学力が充分であったかというとそうではなく、志望校として決めてよいか、口には出さなくても本人が悩んでいた様子がよくわかりました。そんな時、担任の先生がポンッと背中を押してくださり、息子は胸のつかえがとれたかのように受験勉強に向かうことができました。

自分の力を出し切った晴れ晴れとした笑顔でした。

推薦入試と一般入試の両方を都立戸山高校に出願することに決めました。後悔のない受験にしたい。その思いは、初めて親子共通のものになったように思えました。
悠学舎の先生方は、推薦入試対策も丁寧にしてくださいました。集団討論・個人面接・小論文対策、どれも時間外に長い時間をかけて対応してくださいました。息子にとって初めての体験で不安もあった中、何度か練習することで少しずつ自信になっていきました。推薦入試当日の個人面接では、自分の持つ力すべてを出し切ったと、晴れ晴れとした笑顔だったことが今でも忘れられません。合格発表で見せた、息子のあの笑顔と同じです。
思春期の息子ですので、親の気持ちが伝わらないこと、ぶつかることが多々ありました。
今考えると、焦っていたのは親の私のほうで、息子は冷静に自分を見つめ、目標に向かって前進していました。そこには常に、悠学舎の先生方がいてくださったように感じます。授業の合間に、学習の不安なところや志望校についての相談に乗ってくださった事が、息子の精神的な支えになったようです。

合格後も気を緩めず
学習する習慣が身についています。

息子は合格した現在も気を緩めず、学習する習慣が身についています。これもやはり、悠学舎の先生方のご指導のおかげです。中2のあの時の出会いが、悠学舎でよかった。今こうして志望校での新生活をスタートできたことに、親子共々本当に感謝しております。
一年間という短い期間でしたが、お世話になった先生方、本当にありがとうございました。

D君からひとこと

悠学舎が
自分の可能性を広げてくれました。

私は中3の秋まで野球を続けていたため、試合などでどうしても塾を欠席したり、遅刻したりする日がありました。授業に参加できないことで大変不安になりましたが、悠学舎の補習を受け、授業の内容を取りこぼしなく理解することができました。また、英語検定に合格できたのも何度も対策をしていただいたおかげです。
悠学舎は、私の可能性を広げてくれた心強い存在でした。先生方、ありがとうございました。

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「数学が苦手でも
努力を続ければ少しずつ進歩します」
埼玉県立蕨高校合格 Eさん

私は、学校選択問題出題校の問題も解けるようにと悠学舎に入りました。数学の応用問題が苦手だったので、「授業→復習」のくり返しで難しい問題が解けるようにしていきました。はじめは全く解けなかった応用問題もだんだん解けるようになり、蕨高校の合格可能性もぐんぐん上がって合格できました。数学が苦手な皆さん。すぐ結果がでなくても、努力すれば少しずつ手につくようになります。「もう数学は捨てた」という考え方こそ捨てましょう。

*学校の中間・期末や部活との両立についても書いてくれました。また、Eさんのお母様には、Eさんの頑張る様子を簡単に報告していただきました。

全文はこちらをクリックして是非お読みください。

授業→復習の繰り返しで、
苦手な数学の応用問題が解けるようになりました。

私は、中学3年生に進級するまえの春期講習から、悠学舎に行っていました。私が塾に入りたかった理由は、高校受験向きの勉強がしたかったからです。特に、英語と数学は平成28年度から学校選択問題となり、より難しくなるといわれていました。私は、数学がとても苦手でした。数学は、私がまだ学校の授業で習っていない範囲をもうαクラスの人たちは塾で習っていました。だから、私は、補習を受けることになりました。補習は塾が入っていない日やαクラスの授業が終わったあとにありました。正直、とても大変で、その生活に慣れるまでは学校の授業で眠ってしまうということもありました。しかし、大量にある補習で、先生から一つひとつ分かりやすく、教えていただきました。しかし、ただ、補習や授業を受けているだけでは本当には身につきません。応用問題が解けないのです。そこで私は、授業を受けたその日か次の日、遅くとも2日後までには、授業の復習をしていました。復習をすることで覚えていられる時間が延びる、というデータもあるそうです。「授業→復習」のくり返しで新しいことをどんどん頭に入れていき、その覚えた知識をフル活用して、難しい応用問題を解きます。先程述べたように、私は数学がとても苦手で、応用問題は全くといってよいほど解けませんでした。しかし、塾で数学を習い始めてから、だんだん応用問題にも手がつけられるようになっていきました。数学に限らず、国語、英語も以前より早く正確に解けるようになりました。

県立蕨高校の合格可能性が、
春休みの30%から夏休みには85%に。

春休み中にあった北辰の結果では、蕨高校の合格の可能性30%程で、努力圏でした。しかし、夏休み後にあった北辰では、偏差値が5上がり、合格の可能性も85%、安全圏まで上がりました。しかし、北辰の結果からも、普段の定期テストからも数学が足を引っぱっていることがよく分かりました。数学をなんとかしなくては、と数学を中心に勉強を進めました。しかし、全てが思い通りに行く訳ではなく、途中で何もかもが嫌になり勉強から逃げたこともありました。そして、その時期の北辰で点数が下がってしまい、合格圏外になってしまいました。そこから本当に本気になり、最後まで数学を中心に努力を続けました。

受験では、塾に行っていなかったら
絶対に解けなかった問題も解けた。

学校選択問題は、思っていた以上に難しかったですが、焦らず、自分を信じてできるところまで解くことができました。塾に行って、ずっと努力を続けていなかったら絶対に解けなかっただろう、と思う問題も多々ありました。しかし、今でも数学は苦手です。数学が苦手で、足を引っぱっていると感じているそこのあなた。ぜひ、努力したから、すぐ結果が出るわけではありませんが、私のように、少しではありますが、難しい応用問題にも手がつけられるようになるかもしれません。「やってもどうせ結果が出ない」や「もう数学は捨てた」という考え方は捨てましょう。

学校と塾の両立は、
毎日コツコツと勉強を続けていれば簡単です。

そして、学校の定期テストと塾での勉強の両立は一見難しそうに思えますが、実は簡単です。テスト前ではなくてもコツコツと勉強していればわざわざテスト一週間前になってあわてる必要がありません。テスト一週間前に塾を休むということは、休んだ分、補習しなくてはいけないので、一回で覚えなくてはいけない量が増えます。それでは、入試には逆効果です。とにかく、毎日コツコツと勉強しましょう。テスト一週間前に詰め込んだだけの知識は、すぐ忘れてしまいます。

家で勉強に集中できなくても、
悠学舎の自習室を活用すると勉強が進みました。

私は中学では吹奏楽部だったので、夏期講習は朝から参加することができませんでした。午後の途中から参加し、その後午前中の分の補習をしました。もし、早めに塾に入っていないと、夏期講習と進んでいる分の補習と、二つの補習が必要となってしまいます。今、悠学舎に入ろうか悩んでいる方、今が入るチャンスです。
そして、私は復習をするために、よく自習室を使っていました。自習室は静かに、集中して勉強できます。家だと集中できない人におすすめです。
私はこの悠学舎で授業が受けられて本当によかったです。この作文を見ている中学3年生、ぜひ悠学舎に来てみて下さい。

お母様からひとこと

雨の日も風の日も通い続けたほど、
居心地の良さがある塾でした。

悠学舎に通うようになり回りの子との差に焦りを感じながらも、蕨高校に行きたいという強い思いが、原動力になっていたように思います。塾に通っていたお陰で、英検CBTの事を知り、3級を飛ばし一か八かの準2級に合格することもできました。雨の日も、風の日も塾へ行き勉強したいと思わせる居心地の良さがあり、娘も通っていたのだと思います。1年間本当にありがとうございました。
悠学舎で本当に良かったと、親子ともども感謝しております。

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「自分で限界を決めたくない! だから自分にとって最難関校を第一志望にした」
国立お茶の水女子大学付属高校合格 Fさん

中1のときに、お茶の水女子大学付属高校を受験することに決めました。自分で限界を決めたくなかったからです。しかし、英語はあまり好きではなく、国語も小説文の読解に大きな欠陥があり、その他にも多くの問題がありました。やめたくなることも何度もありましたが、とにかく一心不乱に勉強し、受験当日は「もうやり残したことはない」と思えるほど頑張りきることができました。英語が好きになったきっかけや、国語の苦手を克服した方法について伝えます。

*Fさんが英語を得意にした秘訣、国語の苦手克服方法など…

*Fさんのお兄さんも悠学舎で受験勉強しました。悠学舎についてよくご存知のお母様からの悠学舎の感想は…

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英検合格で、好きでなかった英語が
今では一番の得意科目になりました。

私は、中学校1年生のときに、お茶の水女子大学付属高校を受験することを決めました。こんな超難関校を第一志望にしたのは、自分で限界を決めたくなかったからです。しかし、この頃の私はその先にどれだけ厳しく、険しく、困難な道が待ち受けているかなど、全く知らないのでした…。
まず最初に、私は英語があまり好きではありませんでした。しかし、中学校3年間を終えて改めて考えてみると私の最も得意な教科は英語です。なぜこんなに変わったのか考えたとき真っ先に思い浮かんだのは英検合格でした。悠学舎の英検対策は、授業外の時間も授業内の時間も丁寧な教え方をして下さるので着実に点数がとれる様になります。それと同時に入試問題など応用力が必要になるものでも難しい単語を知っているだけでも周りと大きな差をつけられるのです。つまり、私のように早くから英語を習っていなかった人でも悠学舎で課された課題をこなせば、十分な英語力がつきます。

「接続詞」に気を付けるようにという指導で、
国語の苦手も克服できました。

次に、私にはもう一つ大きな問題点がありました。国語です。特に小説文に関してはかなり得点力が低く、3年生の春の時点でもかなりひどい点数でした。しかし!少し読み方を変えるだけで点数がとれるようになったのです。具体的に言うと「接続詞」に気をつけるということです。これも授業内に教わった技術でした。
この他にも、多くの問題がありましたが、その度に悠学舎の先生方は対策を行ってくれました。受験当日、やり残したことはない、と思えるほど努力できたのは悠学舎の先生方のお陰です。

自分の限界を決めたくなかったから、
一心不乱に勉強しました。

一番最初に述べたように、私は自分で限界を決めたくないからこの学校を受験することを決めました。そのくらいチャレンジ受験だったということです。その分、苦しいこともあったし、やめたくなることも何度もありました。毎日のように、こんなにみんなが頑張ってくれているのに受からなかったらどうしようと不安になっていましたが、私はとにかく一心不乱に勉強しました。

どんな無茶な志望だったとしても、
悠学舎の先生は応援してくれます。

これから志望校を決める人、もうすでに決まっている人も、とにかく上を目指してほしいと思います。私のように無茶な志望をしても、最後まで応援し、十分すぎるほど協力してくださる先生が悠学舎にはいます。何か分からないことがあったときはもちろん、何をすれば良いか分からないときも、すぐに悠学舎に駆け込んでください♪
四年間本当にありがとうございました。とても楽しく有意義な時間を過ごすことができました。

お母様からひとこと

集団指導塾なのに、
まるで個別指導塾のような手厚い指導でした。

お陰様で笑顔で春を迎える事ができ、悠学舎の先生方には感謝の気持ちでいっぱいです。 娘が国立を第一志望に決めた際も、個別に受験までの対策プランをたてて下さり、クラス授業以外に十分な時間を作って補習して下さいました。集団指導塾なのに、まるで個別指導塾のような手厚いフォローで「本当にこんなにしていただいて良いのだろうか」と、申し訳なさを感じるほどとても有難かったです。
県立入試以上の難解な問題に取り組まなければならない娘も、時に挫けそうになりながらも、信頼をよせる先生のご指導に従い、最後まで頑張ることができました。
兄のときから7年間、大変お世話になりました。わが家は悠学舎に出会えて本当に良かったです。ありがとうございました。

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「英語の苦手は
英検を受検することで克服しました」
東京都立新宿高校合格 G君

悠学舎に入るまでは、自分が何が苦手なのかを理解していませんでした。塾に入って英語が全くできないことに気づきましたが、英検準2級対策授業で英語に慣れることができ、その後の受験勉強の基礎作りになりました。英検対策授業で覚えた単語が受験勉強中に何度も出てきたことに後から気づきましたし、リスニングの練習を繰り返すうちに内容が聞き取れるようになったのです。このように英検を手段として英語の基礎力をつけ、入試に臨むことができました。

*G君の数学などの受験勉強についてと、お母様にも初めての子供の受験での戸惑いなどを簡単にまとめてもらいました。

全文はこちらをクリックして是非お読みください。

悠学舎に通い始めて、
はじめて英語が苦手であることに気づきました。

僕は悠学舎を中学2年生の冬休み頃から始めました。当時は学校の授業を受けていれば問題はない、このぐらいの時期から塾に通っていれば受験も問題はないだろう、と思っていました。また、それまでは学校の授業だけだったこともあり、自分が何が苦手なのかをしっかりと理解していませんでした。
ですが、いざ蓋を開けてみると、英語が全くできなかったのです。学校の授業でしか英語に触れたことのない自分には、「単語量」と「英語を聞ける耳」が無かったのです。なので、英語は本当に苦労しました。文法に関しては、先生にも何度か質問しながら、正しい形とその日本語訳を理解しながら勉強を進め、覚えることができました。しかし、いざ長文を読んだり、リスニングの問題をやってみると、「知らない単語ばかり並んでいて、内容が分からない」、英語そのものに慣れていなかったため、「読むスピードが格段に遅い」「リスニングで、何を言っているのかを聞き取れない」などの、多くの問題点が発見されました。
ですが、そんな時に授業で教わった、長文を速く読むコツを意識しながら、繰り返し長文を読んでみると、だんだん読むスピードが速くなっていき、他の人たちの読むスピードに近づいていきました。ですが、相変わらず、リスニングは苦手なままでした。

英検準2級の対策講座が、
受験勉強の基礎づくりになりました。

そんな時期に、初の英検準2級の勉強が始まりました。準2級の勉強では、毎回単語テストがありました。その量はとても多かったですが、そのおかげで、かなり多くの単語を覚えることができました。 これは後から気がついたことですが、ここで覚えた単語は、受験勉強中にもいくつも出てきて、ここでの努力はものすごく後から役に立ちました。もちろん、長文も何回も取り組みました。やればやるほど長文に慣れていき、読むスピードも速くなっていきました。また、過去問のリスニングもかなりの回数をこなしました。初めは、やはり知っている単語でも、なかなか聞き取ることができず、合格ラインに全然達しませんでした。ですが、回数を重ねるごとに本当に少しずつでしたが、成績も良くなっていき、だんだんと英語を聞いて意味を理解できるようになっていきました。このように、僕にとって英検の勉強は今まであまり触れてこなかった英語に慣れるため、その後の受験勉強のための大切な基礎作りのためにとても効果的なものでした。

得意な数学でも、グループ作成校対策のおかげで、
さらにコツをつかみました。

一方で、苦手な英語とは対照的に僕は数学が得意でした。ですが、グループ作成校の問題を解き始めた当初はあまり思うように解けませんでした。試験が近づいてくると、通常の授業に加え、グループ作成校を受験する人たちだけの数学の授業が始まりました。ここでの授業で繰り返しグループ作成校の問題を解いていくと、だんだんとコツをつかんできて、成績が上がっていきました。
このように、悠学舎では通常の授業に加え、英検や、グループ作成校受験のために特別に授業をしていただきました。

お母様からひとこと

受験に挑むときには、
親としても納得して送り出すことができました。

高校受験は、本人も初めての受験でしたが、長男でしたので私も初めて『受験生の親』となりました。受験に関して情報を得る方法も分からず、何の知識もなく不安でしたが、保護者と塾の先生との二者面談を複数回、実施していただき、そこで時間をかけて子供の得意・不得意の面、また受験に関して丁寧に説明やアドバイスをしていただきました。そのため、実際に受験に挑む時には、親としても納得して送り出すことができました。悠学舎にお世話になったことで、親としても得るものがたくさんありました。ありがとうございました。

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「偏差値10以上アップの最大の秘訣は
自習スペースの活用」
東京都立小金井北高校合格 H君

悠学舎で、中3の半年で偏差値50から64まで上げることができました。その秘訣は、テストに向けての考え方や内申の重要性を意識すること、知識事項の覚え方を工夫することなどです。しかし自分が最も変わったのは、勉強への態度です。入塾してからは自習のために頻繁に塾に通いました。分からないところをすぐに先生に聞けるし、緊張感があるので集中できるからです。結局、偏差値を上げる最大の秘訣は「自分を変える」ということだと今は思っています。

*H君が偏差値を上げた秘訣の詳しい内容と、H君のお父様から野球のクラブチームに入っていたH君をいかに受験勉強へと導いたか、ということについてとても参考になる文章をいただきました。

全文はこちらをクリックして是非お読みください。

考え方、学校での過ごし方、
勉強法を少し変えるだけで成績は伸びます。

僕は、SS3Aで偏差値50(5科・塾内テスト・6月)から64(5科・V模擬・12月)まで上げ、小金井北高校に合格しました。偏差値を10以上も上げて、進学校に受かることは難しいことだと思います。ですが、考え方・学校での過ごし方・勉強方法を少し変えるだけで簡単に成績を伸ばすことができると思います。それを、皆さんに伝えたいと思います。

テストでは、
どれだけ落としてよいかを考えよう。

一、テストで目標点に向かって、どれだけとるかではなく、どれだけ落として良いかと考える。
まずは、考え方からです。いつも、テストで目標点を決めてから取り組むはずです。その時、何点とるかではなく、何点落として良いかを考えた方がよいと思います。例えば、500点満点のテストで、400点を目標にした場合、400点とると考えるときついかもしれないが100点落としても良いと考えると少し楽になれるはずです。

内申書を味方につけよう。

二、内申は大事です。
内申ほど、味方になり、敵になるものはありません。内申があれば、心の支えにもなり、入試本番では、自分にハンデをあたえてくれます。内申はとったもの勝ちです。どんな手段を使ってでも、必ず、内申だけはとりましょう。

丸暗記は通用しない。
理屈で覚えよう。

三、丸暗記ではなく理屈で覚えましょう。
みなさんは、定期テストで理科や社会は、丸暗記をしているはずです。そのやり方は、模擬テストや入試では全く通用しません。理屈で覚えるというのは、社会だとすれば、その時代を言葉や図で説明できるようになると良いと思います。そのために、塾で配布される参考書を活用するとよいでしょう。それを使って、問題を何回も繰り返して解きましょう。ですが、ここには注意点があります。それは、何回も同じ問題を解いていると、その問題を覚えてしまいます。そんな時にこそ、理屈で解けば良いのです。これこそが、本物の暗記です。

一番大切なことは、
自分自身が変わることです。

最後に、僕が悠学舎に入って変わったことについて伝えたいと思います。
まず、勉強への態度です。入塾してから僕は自習するために頻繁に塾に通うようになりました。なぜなら、分からないところをすぐに聞けたり、塾内には緊張感があり集中して自習に取り組むことができるからです。また、場所を特定することで習慣化され、学習によいリズムを作ることができます。
こうやって長く話しましたが、結局は、自分自身が変わらないと駄目です。頭が悪くなることは簡単です。でも、頭が良くなることはそれなりのことをしないといけません。自分自身を変えるために、悠学舎という存在はとても良いと思います。

お父様からひとこと

悠学舎からは教科指導以上に
多くのことを学ばせて頂きました。

「武蔵野北・小金井北レベルの高校に行きたい」というものの、内申相応の学力がない、「レギュラーを取って試合に出たい」と練習に励んでも、なかなかレギュラーにはなれないというのが、3年生になってからの状況でした。
「このままでは受験も野球もどちらも中途半端になってしまう」「中学時代に、やりきったという達成感を経験させたい」という親の思いから、①野球を最後まで続け、塾はやめて自分でできる範囲で受けられる高校を受験、②一旦野球をやめて勉強に専念し、自分が目指したい高校を受験、という選択肢を伝えました。
6月半ば自ら「明日の試合で野球はやめる」と、チームで一人先に引退を決められたことは立派でした。プレッシャーでもあり、勉強への原動力にもなったかと思います。塾や図書館で一日勉強するようになったものの、年末の過去問テストでも安心できる結果が出ず最後まで心配でしたが、あきらめずに取り組み無事志望校に合格でき、いい形で新たなステップを踏み出せました。
常に、受験生の思いに寄り添い、弱気になった時には力強く背中を押して下さり、頑張りを支え、導いていただきました。教科指導以上に多くのことを学ばせて頂きました。全スタッフの皆様に感謝申し上げます。

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「記述演習に早くから取り組むことは、とても大切です」
川越高校合格 I君

悠学舎では月に1回作文を書くことになっています。中1の頃は意味のないことだと思っていましたが、中3になって学校で過去問の作文を書いたとき、周りの人の半分ぐらいの時間で書き終わり、しかも高得点でした。このとき初めてずっと作文を書いてきた意味が分かりました。国語の作文は100点のうち16点あるので、早いうちに作文を書くことに慣れておくことが大切だと思いました。このように、苦手だった教科を重点的に勉強した結果、入試では国語が88点でした。

*I君の社会の勉強方法や、受験勉強の仕方は…

全文はこちらをクリックして是非お読みください。

重要な用語を覚え、
その後に記述問題に答えられるようにしました。

私は受験勉強では社会と国語を中心に勉強しました。私は社会と国語が苦手でした。社会はほとんどが暗記の問題なのでとにかく塾でわたされた冊子をくり返しくり返し解きました。そして問題を解くだけでなく、教科書に太字で書かれた重要なことが何年に起きたかを語呂合わせにして覚えました。例えば894年に遣唐使が廃止になったので「はくしに戻した遣唐使」というようにリズミカルにもなるので覚えやすいと思います。社会には記述問題もだされます。だから社会の受験勉強は夏休みを使ってひととおり重要な用語は覚えて答えられるようにします。そしてその後は問題集を解いたり教科書を読んだりして記述問題に答えられるようにするというようなやり方が良いかと私は思います。記述問題はだいたいが教科書に書いてあるので教科書を読み込むだけでも違ってくると思います。記述は書いてあり少しで内容が合っていれば部分点がもらえるので少しでも内容を覚えておいた方が良いと思います。

毎月、塾で書き続けてきた小論文が、
中3になると力になっていました。

国語の勉強はほとんど塾にまかせていました。悠学舎の国語は月に1回作文か小論文を書くことになっています。私は1年からいたので何回も書いてきました。1、2年の頃は意味の無いことだと思いながら書いていました。しかし3年で国語の過去問の作文を学校で書いた時、制限時間である十分の半分の五分で書き終わり周りの人より早く終わり、高い点数を取ることができました。この時初めてずっと作文を書いてきた意味がわかりました。悠学舎の人は周りより早くから作文を書くことに触れてきたので周りの人たちと少し差ができ余裕を持つことができました。国語の作文は百点のうち16点あるのでとても点数を稼げる問題です。早いうちに作文を書くことに慣れておくことが大切だと思いました。悠学舎で以前授業でやった特別な読みの漢字をまとめたプリントをやりました。そのうちの1つが受験にでてきました。悠学舎では1回だけではなく何回も違う日に同じプリントをやるので覚えておくことができました。受験において1点はとても重要なので本当に助かりました。

苦手だった社会と国語が、
5教科で最も高得点でした。

このように苦手だった2教科を重点的に勉強した結果受験当日には社会は94点、国語は88点をとり五教科のうち一番と二番目に点数が高かったです。ちなみに私は過去問では社会と国語は70~80くらいの点数でした。だからとにかく勉強しました。国語は約一週間毎日1つ過去問を解き続けました。それでこの結果なのでもし苦手でも諦める必要はないと思います。

平日も学校から帰ると毎日悠学舎に行き、
自習スペースで勉強しました。

私が本当に本気で勉強に臨むようになったのは12月頃からでした。受験という実感がなく勉強はしていましたが北辰テストなどではあまり良い結果は出ていませんでした。だから私は後半本当に頑張りました。結果は良かったけれどその分とても辛かったです。だからもっと早くやるべきだったと後悔しました。夏休みは重要です。夏休みに基礎を固めておけばもっと時間をかけてゆっくりと楽に勉強できたと思います。私はとにかくずっと勉強していました。家では集中しにくかったため悠学舎に行きそこで勉強しました。悠学舎は、平日は午後ほとんど開いているので学校から帰ると夕方から夜までずっと勉強しました。

気がつくと、悠学舎は私にとって
「もう1つの家」となっていました。

私はよく二階を活用していました。冷房と暖房がどっちもあるので暑かったり寒かったりすることもなく勉強に集中できました。他の塾の人は「自習室はあるけどすぐ人としゃべってしまう」と言っていました。しかし悠学舎では他の学年が授業をしていても二階か一階に部屋がいくつか空いているので何人かが自習しにきても1人で一部屋使えることが多かったので常に自習に集中できました。土曜日なんかは午前から午後までずっと開いていたので授業が終わってからもずっと塾で勉強していました。入試が近づくと日曜日に入試と同じようなスケジュールでやる過去問大会をやるようになりました。これのおかげでお昼後の理科のテストの時に眠気に勝てるようになりました。私は悠学舎で一日のほとんどを過ごしていたのです。家で活動している時間より長い時間悠学舎にいました。悠学舎は私にとって「もう1つの家」となっていました。

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